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2010年7月20日

これから出版される本は基本横書きでどうでしょうという提案

最近、書籍について思っていること

電子書籍の規格は今まさにいろいろと決まったり、練られたりしているところだ。過渡期なのでいろいろと情報を追っている。
電子書籍に対するわたしの立ち位置は、「読む人」であり、「書く人」であり、「作るかもしれない人」である。とは言え、がっつり日々の仕事として電子書籍と関わっているわけではないので、少し引いたところにいるとは思う。
だからこそ勝手なことを提案してみる。
「これから出版される本は、ほとんどすべて、横書きベースで良いのではないか?」
紙の書籍も、電子書籍も。
 

書く人として

まず、「書く人」としては、「縦書きで出版される本」と「横書きで出版される本」は書き方が違うのだが、横書きベースのほうが書きやすい。なぜなら、縦書き用に書こうとすると、数字を漢数字にしたり、英語をカタカナに変えたり、全角で書いたりしなくてはならないことがあったりするのだ。店の名前や社名なども英語が多い昨今であるし、外国人の登場人物が出てきたらどうするんだとか、はたまた漢数字の書きにくさ(直感的なわかりにくさ)とか、苦しいことが山とある。
しかも執筆時はほとんどの作者は横書きで書いていると思う。いざ活字になったとき縦に組み直されるとしても、作者は少なくとも初校が出るまでは横書きで自分の書いた物を確認している場合が多いはずだ。つまりその作品の世界は横書きで構築されているのだ。
 

読む人として

「読む人」としては、もちろん縦書きに慣れているので横書きの本には違和感を覚える。特に小説やビジネス書。
しかし横書きでも、本に夢中になって読んでいるうちにいつの間にか慣れたりする。そして、「そういえばパソコンではいつも横書きを読んでいるんだった」とふと気付く。少なくとも電子デバイスでは横書きのほうが読みやすいのかもしれない。紙でも、横書きの技術書などを主に読んでいる人だと「縦」のほうに違和感を覚えるというが、そこは人によるだろう。
また、作者が横書きで書いているのだったら、そのまま横書きのものを読みたいという気がしてくる。それが作者の構築した世界を直に感じる手段ではないのか、と。
そして読書好きとしての大きなメリットは横の視線移動のほうが目が疲れないということだ。速読しやすいし、一行あたりの文字数が少なくなるのも読みやすい。
 

作る人として

「作る(かもしれない)人」としては、まず紙の書籍と電子書籍で縦書き・横書きが変わると面倒だから統一したい。ではどちらを取るかと判断するとき、未来や拡張のことを考慮したい。横書きが主体となっていれば、英語版などを作成しやすいことがメリットだろう。レイアウト的にもそうだし、図版も縦組みか横組みかで違うものになったりするわけなので。他国語版の出版がそうやって容易になれば、日本から世界に出て行ける機会が増える。きっと漫画とか顕著だろう。
そして世界の主流が横書きであるので、世界の電子書籍の規格やアプリケーションは横書きが主体である。少数派の縦書きをいつまでも貫いていたら、世界のスピードについていけないのである。日本はまた何かに乗り遅れてしまうのではないか、不安になることこの上ない。
横書きをベースに作成して、縦書きで読みたい人だけ「縦書きに変換できるアプリケーション」で縦にして読めばいいのではないか。電子書籍のいいところはそうやって読む側がコントロールをできるところにもある。
 

縦書きを貫くことに意味はあるのか

もし、日本と日本語が世界の主流であるのなら、こんなことは考えない。
だって、日本人のほとんどは「縦書きの明朝体」が好きだろうと思う。わかる。慣れ親しんでいる。わたしも好きだ。
それに日本語がもともと縦書きをベースに作られたものだとすると、横書きでは慣れても慣れても読みにくいのかもしれない。これはわたしとしても、もっと横書きで大量の本を読んでみないとわからない。

しかし現状として日本語も縦書きもあまりにマイノリティなのだ。
過渡期だからこそ今変われれば、無駄が少なくて済む。
電子書籍化がどんどん進み、守るものが多くなるほど踏み切るのが難しくなる。「これまでの資産があるからできない」とかよく聞く言葉だろう。
守るべきものは守ると決める。変えられるものや変えた方がいいものは変える。それは本当に守るべき伝統か? なんていつまでたっても誰にもわからない。決断が必要なのである。
決断しないからずるずると消えて行く伝統があったり、日本文化そのものを知らない日本人が大多数になったりするのではないか。

たとえば俳句とか詩歌とか、伝統や文化の色濃いものが縦書きである必要があるのはわかる。それは「守るべきもの」だろう。
さてそれでは文芸書、ビジネス書、技術書、雑誌、漫画、新聞……、はたしてそれらは本当に縦書きである必要があるのだろうか。

  • 長谷川暢昭

    私は縦書きが好きで、今回の投稿には賛同できません。

    作り手の望みや意図により横書きで刊行されるのは構いません(やむを得ません)が、文芸書や新聞は縦書きで読みたいです。

    むしろ、電子書籍のために進化した技術は、「読み手が望む段組や文字の大きさで表示する」とか「算用数字/漢数字の適切な置換」などを容易にしてくれこそすれ、「基本横書き」なんて拘束が強められる方向にはいかなくて良いはず。と思うのですが…。

  • ほりうち

    ●長谷川暢昭さん
    コメントありがとうございます!
    わたしも縦書きが好きなので、お気持ちがわかります。なので、この内容に反対する人が多いだろうなあというのもわかります。だからあえて、長くなったが書いてみたという感じです。

    電子書籍関連では、「縦書き明朝体」にしたいが故に、縦書き明朝体に対応していないプラットフォームに本を載せられないという話しなどを聞きます。そのこだわりは誰のためのものだろうと思う訳です。そのこだわりのため、ユーザは好きなプラットフォームやリーダーを選べなくなってしまう。電子書籍で買うという選択さえできなくなったりもする。

    拘束が強まるというふうに読めてしまったかもしれませんが、逆に考えていて、横書きベースにすることで、今までは作り手がコントロールを持っていたところを、ユーザがコントロールできるようになり、自由になるイメージを持っています。

    縦で読みたい人は、縦に変換できるアプリケーションで読めて、あと上に書き忘れましたが、オンデマンド印刷もどんどん進むと思うので、普及している形式の電子書籍があれば縦を指定して印刷できるようにもなるだろうと思っています。

  • http://d.hatena.ne.jp elm200

    横書き、大賛成です。紙の上の日本語を読まなくなって久しいので、縦書きは読みづらくてかないません。アジアでも、中国も韓国も横書きが普通になってしまいました。日本語もそろそろ横書きを原則にすべきでしょう。

  • http://twitter.com/amazedkoumei amazedkoumei

    消費者(読む人)に縦書きを好む人は当然いるし、書く人にも当然いる。
    それを間に入る人間の都合で制限なんてできないよ。

    電子書籍そのものが陳腐になっちゃう。

  • http://www.polako.net 吉田建治

    文書が作品なのか、アーカイブなのか、にもよるかもしれませんね。
    作品であれば作り手のこだわりで体裁まで規定したいかもしれない。アーカイブならば読み手が読みやすいように操作できる方がよいかもしれない。
    でももともと日本語の横書きは右から左だったことを考えると、そういう環境になればなんとなく慣れるものかもしれません。

  • http://members3.jcom.home.ne.jp/rosekon/ RoseKonT

    横書きの文字、縦書きの文字、明朝、ゴシック…それぞれの文字は違う文字格(人格)で読者に語りかけます。作者がどんな声色で読者に伝えたいのか、それは紙媒体でも電子書籍でも同じです。もし作者(または主人公)がお年寄り女性で、自分の悲しい経験を語る内容なのに、横書きゴシックで文字詰めベタのような組版だったらどうでしょうか? それでは男性が力強くぶっきらぼうに語りかけているようです。もちろん実用書などニュートラルな方がいい場合、横組、軽めのゴシックもあると思います。
    縦書きは日本の大切な文化の一つです。ここは頑固に守っていきたいところです。先進国としてアジアをリードしてきた日本人の成熟した「美意識」としてあえて縦書きを残すことは、50年後の世界を考えるととても大きな意味があると思います。読み物の種類によって横書き縦書き両方選べるのは、とても贅沢な文字文化です。紙の本の背にタイトルを縦書きで入れられるのも何気にすばらしいことです。翻訳版用に横組に組み変えるのだって、そんなに大きな手間ではありません。そのような作業過程では文化の違いを味わういいチャンスです。
    「縦書きを切り捨てない」電子書籍であることを願っています。

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