Category : 日常

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2011年9月26日

批判的に物事を見る難しさと図解

クリティカル・シンキングは批判的思考と訳される。

批判的思考(ひはんてきしこう、英: Critical thinking)は、特に欧米諸国で主流となっている物事や情報を批判的に解釈する思考パターンのこと。対象物を見聞きしたままに受け取るのではなく、客観的なおかつ分析的に理解される必要がある
批判的思考 – Wikipediaより

「批判的」という言葉にネガティブな意味が含まれすぎている(少なくとも現代では)ので、この批判的思考という言い方は好きではない。
だが重要だ。
批判的に物事を見るというのは、あら探ししながら見るってことじゃなくて、客観的に物事と本質を見ること、「なぜそうなのか」と根拠を考えたり、多側面から分析を試みたり、構造的に整理したりすることだ。
そこを間違ってしまうと、論点があらぬ方向へ向かうし、思考の発展性もなくなるだろう。

クリティカル・シンキングを学んだ数人に聞いたところでは、プライベートで活用しすぎると失敗するそうだ。
理屈っぽく、疑り深い、性格が悪い人のように思われてしまうらしい。特に恋人同士や夫婦間では使わないほうが良いとみな口を揃えた。
そうなのだろうか。
喧嘩しても感情をぶつけ合うよりは、自分が感情的になってしまった理由や対策を力を合わせて考えたほうが良いではないか。たわいない喧嘩においては、たいていはどちらも悪くない。本質を探る中で共感が生まれるのではないだろうか。

きっと、喧嘩やら議論で勝利し、相手に対して優位にたつための武器としてクリティカル・シンキングを使うと、よろしくないのだろう。
クリティカル・シンキングで対象にすべきは、人ではなく、むしろ思考、物事、事象なのだが、切り離すのはなかなかに難しい。
私もよく批判されるとき(自分で批判するときも)、私の思考ではなく、私自身がジャッジされている気分になってしまうし、自分が何かに意見を言うときは「人を批判しているわけではない」ということを言外に伝えたいのだけど、そのために曖昧でわかりにくい発言になってしまったりする。
飲み会の席でも「私はそうは思わないです。こんな場合はどうですか」とか言って議論を始めてしまったりするわけですが(すみません)、特にアルコールが入っていると、筋道通った話をするのはとても難しい。

そういった難しさを解消する方法のひとつは、図にすることだと思う。

【図解のメリット】

  • 図にすると、問題を俯瞰しやすい。
  • 論点が書かれていれば、ズレても立ち戻れる。
  • 手を動かして何かを書くと、標的は人ではなく図そのもの、問題そのものになる。
  • 口頭で言われたことと比べて理解しやすい。
  • 手を動かすと思考が活性化する。

 
それから、図で思考を整理するために使えるフレームワークもたくさんあるだろうから、引き出しに入れておきたい。

 
【思考整理で使えそうなフレームワーク(的なもの)】

  • 演繹法帰納法・ピラミッド図
    • 論理構造を整理する。飛躍がないか、前提は正しいか、モレがないか。
  • ポジショニングマップ
    • 自分や相手の立ち位置が明確になる。
  • プロセス図(あるいはバリュー・チェーン)・時系列図
    • プロセスにおいて問題がどこにあるのかがわかる。
  • 5W1H
    • 「Who、What、When、Where、Why、How」を文章にすることで思考を整理。相手にも伝わりやすい。
  • マインドマップ
    • 思考の整理や発展ができる。書く楽しさがある。
  • PEST分析
    • マクロな観点から考えたいときに。政治的(Political)、経済的(Economic)、社会的(Social)、技術的(Tchnological)な観点から考える。

 
こういったフレームを使わなくても、単純に図を書くだけでも良いのだけど、活用するととっかかりができて良い。シチュエーションに合わせて使えるフレームは、特に仕事関連のものだと山ほどあるので、「こんなときにコレ!」と取り出せるといいなと思う。

思考を深めることができる何かも、作りたいもののひとつです。

nuclear_power_plant

2011年4月30日

原発について思うことと、それを伝えること。

原子力発電について何の見識もない私が、ただの思いを書くのに意味があるだろうか。
こんなの書いたって仕方ないよー、って自分の声を打ち消しつつ。

私は、すべての原発を今すぐ止めるのが最善だと思っている。
それをベースに考えて、「何をどうしたって現状無理だ」ということならば次善の策を取る。すべての原発をできるだけ早く止めるために何ができるのかプランを練るのだ。そのように考えて行かねば、話が前に進まないと思っている。
いわゆる「ゆるやかな脱原発」を前提とすれば、今ある原発は他のシステムによる電力の準備が整うまでは使い続けることになる。あるいは寿命が来るまで。
「電力の準備」っていつ整うのか? いつを目指すのか? 原発推進派の人々はたくさんの理由をもとに長い期限を設定するだろう。そしてその期限が前倒しになることはない(プロジェクトって大抵そんなものだ。期限より前倒しで完成することなんてほとんどない)。
非常にゆっくりとした進捗となるだろう。

最善が何かを決めて、そこに近づけるようにあらゆる方面で努力する、努力をお願いするべきだ。企業や専門家、個人、他国にも。
決意を語ることで、周りを巻き込んでいけるだろう。

この3月、4月、電力不足になると何が起こるのか、その末端を私たちは知った。長期化するとつぶれる会社も増えるだろう。
私もWebの人なので、パソコンやインターネットが無いと仕事にならない。電力の上で仕事をしているとも言える。

それでもなお原発には反対だ。今すぐ止めて(止める意思を固めて)国民を安心させてほしい。
原発は我々がコントロールできるものではないということが証明された。あれが東電による人災だとしても同じことだ。
福島原発による被害の規模はまだ知れないが、少なくとも避難しなければならない地域があり、いつ帰れるかもわからない現実がある。風評被害は既に始まっていて、その被害範囲は福島に留まらない。我々はそれを今まさに体験している最中だ。

原発ではない他の手段を全力で模索しなければ。
(原発に利権のある人も、原発ではない他の利権を全力で模索してください)

では、他の手段とは何なのか?
代替案は何なのか?
私は代替案を持っていない。

反対意見には必ず代替案が必要だという考え方もあるが、私はそう思っていない。
代替案を考えたり調べたりすることは大切だが、提出は必須ではない。
仕事で言えば、クライアントは私のデザイン案に対し反対意見があるならば、反対と言えば良いだけだ。代替案を希望はしない。どうしてそう思うのかを教えてもらえれば満足で、もしそれがなくても、聞き出したり推測して案を練るのは私の仕事である。
特に今回のことで言えば、意見を表明しないということが現状維持を表明しているのと同じになりそうなので、なおさらだ。代替案を示せなくても、原発はもう嫌だと思い、原発のない世界を願うならば、反対だと声に出したほうがいい。

「原発は嫌だけど、原発がなくなると電力困るだろうから、仕方ないよなあ」という考え方は、人の事情を考えてしまうやさしい人の考え方なのだろう。でも推測が入っている。「原発がなくなると困るだろう」と思う、その推測の根拠は何だろう。テレビや新聞が言ったのかもしれない。世間の雰囲気かもしれない。その雰囲気を作り出そうとしている人たちがいるのかもしれない。
原発ナシでも電力供給に問題ないとする見方もあり、もちろん逆もあり、その中間もあり、誰が正しいのか私たちは判断基準を知らないのに。

だから私は人や物事の事情を忖度せず、原発には反対と言う。

出張

2010年10月31日

出張TIPS

ちょっと前あたりに、珍しく出張続きで、北へ南へ行ってた。気付いたことを、思いつくままにメモ。

持ち物

  • 必要かも、念のため持って行こう! と思って持って行ったものはまず使わない
  • 非常食は、たいていそのまま持ち帰る。どこにでも食べ物は売ってある
  • 作業しないならノートパソコンでなくて、iPadでじゅうぶん

新幹線

  • 電源とネット環境のある新幹線はとても素敵(N700系、東京-新大阪間)
  • 新幹線予約にいちばんいいのはカードのようだ(JR東海「エクスプレス・カード」またはJR西日本「J-WESTカード(エクスプレス)」でエクスプレス予約
  • エクスプレスが無い場合は、窓口おすすめ。えきねっとの使いにくさは有名
  • むしろ格安チケットの買い方を覚えたほうがいいだろうか
  • 新幹線で食べる駅弁はたいていおいしく感じる
  • 新幹線のいちばん後ろの席はきがねなく椅子が倒せる
  • 新幹線の車内販売のお弁当は、食べたい者が売り切れているときがあるので、事前に買っておいたほうが確実。

高速バス

  • 高速バスのパーキングエリアでの休憩時にはソフトクリームとたこやきが食べたくなる
  • 休憩時間は1回10から15分。短い。(行程によって異なるかも)
  • 平日の高速バスならすいていると思いきや、年配の旅行客(ツアー客)がいっぱいいた
  • 会津若松行きのバスの早割は前日まで。4時間かかるのに2500円。驚きの価格。

ほか

  • 品川駅にパン屋があるが、7時からなので早朝は買えない
  • キャリーバッグは四輪のほうが楽だが、ストッパーが無いと乗り物の中では勝手に移動する
  • 2輪のキャリーバッグでも気を抜くと勝手に移動する
  • ホテルはたいてい枕が高いのだけどどうしてだろう

メモったが、あまり役に立たなそうだよ。
気にしない。

2010年5月6日

「勝間 vs ひろゆき」で思ったこと。議論とか。

GW中、各所で話題になっていたデキビジの「勝間和代 vs ひろゆき」のまとめ動画を、GW最終日に見た。早く寝るべきなんだがー。

番組中に勝間さんも言っているが、本当に、議論ではなくて夫婦喧嘩のようなものであった。「ひろゆきが勝間を論破!」という意見がネットのあちこちで見られるけど、これではどちらが議論に勝ったとか負けたとか言っても意味がない。この番組を見て、彼らのふるまいについて「勝間派」「ひろゆき派」に分かれることはあっても、テーマについて彼らの主張から濃く影響を受けることは少ないのではないだろうか。

ひろゆきさんは議論の中で、「そもそも論」を何度も持ち出したり、細部を突つきすぎているようだ。これをやると、まず議論自体が成立しない。誰がやってもそうだ。
「そもそも論」を持ち出すと頭が良さそうに見えるため、これを多用するのが癖になっている人もいる。ひろゆきさんは、もともと頭の回転の早い人だと思うので、議論しないためにわざとやっているのかもしれないし、あるいは番組が始まる前に前提の共有がまったくできていなかったのかもしれない。そこは不明。
ともかくもずるい方法なので、議論の中では、どうしても必要なときか、相手を怒らせたいとき以外には多用しない方がよい。

ひろゆきさんが議論をする気がなかった、というのが、一番の問題だろうと思った次第。そして2番目の問題は勝間さんが感情的になりすぎてズレた軌道を戻せないどころか突っ走った点かと。
あとどちらも非礼すぎる。番組としての議論(討論)っていつもこんな感じなのかな?

しかし議論していると、やはりホワイトボードがないとなかなか難しいことが多そうだ。話のズレもそうだし、立ち位置も不明になる。立ち位置、かなり大切です。対立してると思ったら実は同じこと考えてた、なんてよくあることー。
ちなみにわたしはちょっとした喧嘩にもホワイトボードがあるといいな! と思ってしまう人です。そのほうが平和に話ができると思うのだ。世の中には必要のない喧嘩がいっぱいある。
iPadでmindmapとか書きながらとかどうだろう。試してみたいけど、まどろっこしいかなー。

2010年4月19日

黒猫パセリ、星へ行く

looking窓の外から子どもの声がした。
「このおうち猫がいるんだよー」って。
わたしはパソコンに向かったままで、確認していないから、彼らがわたしの部屋を指しているのかはわからない。
そうです。でもそうじゃないです。
このおうち、猫がいた。
もう3週間たった。
可愛くて臆病で攻撃的で頭が良くて甘えん坊のパセリさんは、星へ行った。
いつもの窓に黒猫が座ることはもうない。

先月、3月28日早朝、パセリさん、息をひきとりました。
わたしはいろんな人の助けを得て、最後の1週間、ほとんどの時間をパセリさんと過ごすことができました。
直接的、間接的に助けてくれた人たちに、本当に、心から、感謝しています。
そのうちひとりは、パセリさんのために涙を流してくれた。わたし以外に泣いてくれる人がいると思わなかったから、本当に、ありがたい。ありがとう。

パセリさん、前に書いたときは比較的元気だったけど、その少し後に倒れた(それで返事が書けなくなった。ごめんなさい)。それから悪くなっていって、足腰が弱って、食べても痩せて、亡くなる1週間前のひどい発作で視力も失った。
消えたように思えた腫瘍は脳に行ってた。ステロイドも抗がん剤もサプリメントも負けてしまった。愛情で免疫が増えるらしいと聞いたけど、わたしのありったっけの愛情も結局は負けた。

目の見えない最後の一週間、パセリは不安からよく鳴いた。物にぶつからないよう、ゆっくりと歩いた。寝るときはわたしの腕や手のひらを枕にした。もう窓の側には寄らなかった。晴れた日にパセリを抱き上げて見えないなりに感じるかなと、窓からふたりで外を眺めた。パセリは抱き上げられた嬉しさに喉をならして、わたしはそのゴロゴロって音をカラダで聞いた。寒かったから長くそうしてはいられなかった。春は全然来てくれなかった。こんなに春が待ち遠しいのは初めてだった。好きだった冬を憎んだ。暖かくなったら、パセリの体調はまた良くなる気がしてた。

最後の日、もう鳴くことができず、ゴロゴロも言わなかった。
見えないまん丸の目を開いて、ほとんど瞬きもせず、呼びかけにもほとんど応えず、じっと何かを待ってた。何度も吐いて、ご飯もお水も受け付けなかった。前日食べたものまで全部吐いた。吐いた後はいつも荒く息をして、苦しそうで見ていられないけど、見ていた。声をかけて励ました。どこかに触れて、すぐ近くにいることを伝えた。撫でて名前を呼んで大好きだって言った。何度も言った。
そうしていたら、最後の発作の前、パセリがわたしのほうに顔を向けて、ゆっくり瞬きをした。見えていないはずだけど、目が合った気がした。
わたしは「がんばれ」と言えなくなった。
もう、がんばりすぎてた。思うように動かないそのカラダから解放してあげたくなった。たくさんお礼と愛を伝えたけど、聞こえていただろうか。

ずっと苦しかっただろうに、死に顔はきれいだった。
パセリさんはきれいな猫だ。きれいで臆病で攻撃的で頭が良くて身勝手で甘えん坊で優しくてまっくろで毛がつやつやしてて柔らかくて、わたしにとっては世界にひとりだけの猫だ。
ペットクリニックの皆さんを怖がって興奮してても、わたしが声をかけると甘え声に変わった。最期までわたしを、わたしとわかってくれた。発作が起こると、まるで違う猫のように性格が変わることがあるって、獣医さんは言ったけど、パセリはそのままでいてくれた。

今、パセリさんがいない事実に慣れることができない。
いつか感情は変わるらしい。
まだ今は、つらかった最期の一日、一週間、一ヶ月だけを繰り返し思い出してしまうけど、楽しかった時期を思い出せるようになるらしい。
パセリはどこかの星で幸せに暮らしているらしい。時間の概念も距離の概念もないその星で、いつか、わたしが来るのを待っているらしい。

本当かな?
12年パセリは生きた。
12年わたしたちは一緒に居た。
家の鍵をあけるとき、無意識に胸が高鳴る。いつもそうなることに、わたしはパセリがいなくなって気付いた。抑えなきゃならない。パセリがお腹をすかせて、ニャアと出迎えてくれる、ことはもうない。

waiting for you

paseri

paseri

2010年2月18日

最近のパセリさん

わたしの大切な黒猫パセリさん、癌で余命3ヶ月ぐらいかと診断されてから3ヶ月くらい経ちますが、元気です。
風邪が、もう1ヶ月ぐらい治らず、鼻水とくしゃみ、それからときどき食欲も落ちますが、それでも元気にしています。
パセリさんの快復を祈ってくれた人たちのおかげだと思っています。コメントくれた人も、心で祈ってくれた人も、声をかけてくれた人も、協力してくれる身近な人たちも。大感謝。

パセリさんがもっと元気になりますように。もっと食べて、風邪も癌も治りますように。

on my MacBook Air

猫に珍しい悪性の組織球系の腫瘍らしいという診断なので、経過を記しておきます。

2009年11月中旬
くしゃみ、首のあたりに違和感、声が枯れだす
2009年11月下旬
病院にて悪性腫瘍の診断(病名わからず)
体重5kg
2009年12月上旬
首の腫瘍が3箇所どんどん大きくなる
2009年12月中旬
病理検査、CTスキャンを経て、悪性の組織球系の腫瘍らしいと診断(ステロイド処方)
2009年12月下旬
首の腫瘍のはれがひきはじめる。
腕の毛が一部抜ける。
2010年1月上旬
抗がん剤1回目。(ステロイド処方)
風邪を引く(くしゃみ、鼻水と涙は右側のみ)(目薬、抗生剤処方)
風邪ではなく腫瘍性のものという可能性も
2010年1月中旬
ネブライザーを受けに週に何度も通うが、風邪治らず。

頭の毛が一部抜ける(1cm程度)
首の腫れは見た目にはわからない程度になる
2010年2月上旬
風邪が治らないのがステロイドのせいかもしれないため、徐々に中止
2010年2月中旬
ステロイドをやめたせいか、食欲が減る。風邪いまだ治らず
週1の血液検査は毎度問題なし
サプリメントの「D‐フラクション」はずっと続けている(パセリも好き)
体重4.6kg

2009年12月20日

かなしいこと

事務所移転のような、嬉しいことがある一方、仕事ではなく個人的には、とてもかなしいことがある。
かなしいことは、あまりブログしたくないのだけど、これは書いてしまおうと思う。

わたしはパセリさんという黒猫と暮らしている。もう11年、一緒にいる。
甘やかして育ててしまったので、生意気で凶暴で臆病な猫になった。女の子なのに、いつも男の子に間違えられる。

パセリさんに腫瘍があるのがわかった。1ヶ月ぐらい前のことだ。
声がおかしい、元気がないということでペットクリニックへ連れて行って、腫瘍だと言われ、種類の確定のために2度検査をし、先週はCTを撮りに専門の病院にも行った。その日は冷たい雨が降ってて天を呪った。

結局、悪性の組織球系の腫瘍である可能性が高いこと、進行してしまっていることがわかったきりだ。「治療法」を知りたかったけど、組織球系の腫瘍は、猫ではあまり症例がないらしく、いろいろとはっきりしない。
わかっているのは、放射線や抗がん剤での治療はほとんど効果がないらしいということ、他の臓器に転移しやすいこと、手術するにしても対処的にしかできないこと、予後が悪いこと。

つまりパセリさんの腫瘍は治らないのだそうだ。
3ヶ月くらいでしょうかと医者は言った。

3ヶ月って、いつから数えて3ヶ月?

パセリさんは、まだ食欲があるし、階段も登り降りするし、机や棚に飛び乗っては外を見ている。
だけど、昨日はひどい咳をしてた。
今日は固いドライフードを食べるのが辛そうだった。

腫瘍は首のあたりにできているので、気道か食道を圧迫してしまうらしい。そのうち食べれなくなるのか、息ができなくなるのか。
それとも他に転移して、それより前に弱ってしまうのか。

以前、凶暴で生意気なパセリさんは、わたしが泣いていると猫パンチしながら怒ったものだが、今は、そばでカラダをくっつけて慰めてくれる。
わたしが落ち込んでいるのを、よく、心配そうに見ている。

Her own house

2009年11月28日

Ustreamでセミナーを見る

最近になって、セミナーがUstreamで中継されることが多くなったと感じる。
音声も画像も、昔に比べて格段に良いし、Twitterで意見が交わされたりして臨場感があるというか、参加感がある。
嬉しいことだ。

多くの人が気軽に見られる分、スピーカーの責任も重くなっている。
気がそれがちな人々の興味をどう引きつけるのか。よりわかりやすい構成、ききやすい発音、声の抑揚とか。
ここしばらく、人前で話すのを休止しているのですが、来年春あたりから、またやらせていただければ嬉しいなーと思っているところなので、ちょっと怖くもある。

講演のプロではないのだから、そこを突き詰める必要はないと考えたこともあったけれど、結局「自分をどう表現するか」ということなので、ビジネスパーソンは誰でも必要とするこだろうと思う。

講演を分解すると「内容」「構成」「ビジュアル(スライドや服装)」「人(喋り方、仕草など)」の4つに分けられるかもしれない。
この中で、一番準備しにくいのが「人」だと思う。一朝一夕にできないから。
訓練するにはやはり、自分の喋りや動きを客観的に見ることだろうか。
そんなこんなで、来年からランチタイムPodcastをやりたいなと考えているところ。たまに動画付きとかで。

ところで、セミナーがUstreamで中継されているといった情報は、わたしはTwitterの誰かのつぶやきで知ることが多いのだが、まとめられているところがあると嬉しい。
IT勉強会カレンダーのようなものに、Ustマークとかがあればいいのかな。あるいはTwitter botでもいいかも。何かご存知の方がいたらおしえてください。

2009年11月15日

「MBTI 自己理解のためのワークショップ」を受けた

先月の初めあたり、mindmap.jpの伊藤 賢さんにお誘いいただいて、「MBTIを活用した自己理解のためのワークショップ」を受けてきた。
講師は萩原京二さん。にこやかで、気さくな方でした。

MBTIとは、精神科医・心理学者であるユングの「タイプ論」から発展させた自分自身を知るためのテストで、主にキャリアカウンセリング、組織開発、リーダーシップ開発、チームビルディングなどのキャリア研修の中で利用されているらしい。
単発でMBTIだけというのはあまりないのだとか。わたしはキャリア研修が行なわれる大きな企業所属じゃないし、こんな機会はなかなか無いので、大変ありがたかった。
自分がどんな人間なのかが少しでも分かったら、いろいろ明確になったり、迷いが減ったりするだろう。

事前に100問弱の質問に答え、その結果から割り出された「報告タイプ」が正しいかをワークショップで確認していくという感じで進められた。

MBTIわたしの報告タイプは「ESFP」で、「外向・感覚・感情・知覚的」だったのだが、最後の、「知覚的」以外はいずれも指向得点が低く、確かに自分としても明確じゃなかった。
ワークショップを終えてみると、「ESTP」かなと。

  • 外向(Extraversion)
  • 感覚(Sensing)
  • 思考(Thinking)
  • 知覚的(Perceiving)

で、「内向思考を伴った 外向感覚タイプ」。
つまり、「自分の内面より周囲に興味があり、直観よりは感覚を重視し、感情も大切だが論理がないと納得できず、調整・統率・整理するより状況に応じた柔軟性を好む」という感じ。

これは正解があるわけではなく、優劣があるわけでもなく、誰かが「あなたはこんなタイプだよ!」と言ってくれるものでもない。ただ自分がどうしていることが一番心地よいかで決めていくものだ。

このワークショップを通して、もうひとつわかったのは、「タイプの違う人の思考は本当に理解しがたい」ということ。
タイプで分けていくと、何かのものごとに対しての処理方法が、綺麗に分かれる。
ワークショップ中に、賢さんが「ひとりでツーリング行くときの楽しみ方」について詳しく語っているときに、わたしは思わず「ええっ、それは本当に楽しいのですか」と訊いてしまったりした(スミマセン)。

タイプの違う人は存在し、その人の中ではそれが普通。もちろん優劣も善悪もない。当たり前のことのようだが、心底それを感じることができて、なんというかこう、「受け入れ幅」が広がった。もともと広いんだが、もっと広がった。
このままじゃ仙人になってしまいそうだ。

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